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轟醸造について
幸田町から始まった
戦後の農地改革の中で農業協同組合が生まれ、加工部の事業として甘藷(かんしょ)から「芋アメ」が製造されました。さらにこれをアルコール化しようと、当時生産組合長であった平岩幸一を中心に会社を発足させました。寝食を忘れて技術の習得、作業に没頭した結果、年を追って地場産業としての成果があがり、一般に「轟焼酎」と呼ばれ世の注目を浴びるようになりました。その後、会社の業績も順調に伸び、営業種目も数を増し、果実酒免許および甘味果実酒免許を取得。製品の銘柄名に合わせ、昭和42年に会社名を轟醸造株式会社と改め、現在に至ります。
轟醸造の歴史
昭和24年3月
前身となる坂崎醸造工業株式会社を設立、しょうちゅう免許取得
昭和25年3月
三階建て蒸留室新築
昭和42年9月
製品の銘柄名に合わせ、轟醸造株式会社に改名
眩く、ひらめく、
焼酎が美味しい
今、おもしろい。
コロナ禍から、ストレス社会から、
私たちを開放してくれるものはなんだろう?
・・・今日は、あの人と。
明日は、家族と。友達と。
ときに、独りで。
香りと泡とで私を解き放つ、焼酎ソーダ割り。
「はじける“香り”は、シンプルなソーダで割るだけ。」
ときには、フルーツと一緒にマイルドに。
リラックスしたり、リフレッシュしたり、
ハッピーな気分にさせてくれたり。
いつでもそこに寄り添ってくれる。
世代を超えて愛される
たまには息抜きもして
シュワっと焼酎とソーダで。。。
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